新しい投資サービスが話題になるたびに、「今度こそ賢く得をしよう」と思う人は多いのかもしれない。ポイ活やキャンペーンをきっかけに、不動産クラファンや暗号資産レンディング、海外系の金融サービスに手を伸ばす。その行動自体は、とても現代的で、ある意味では健全ですらある。

ただ、こうした投資の多くは、まだ社会の側が十分に追いついていない。銀行や証券会社が“安全そう”に見えるのは、長い時間をかけて事故や失敗を積み重ね、そのたびにルールを整えてきたからです。FXや暗号資産も、最初から今の形だったわけではありません。混乱や事件を経て、ようやく「普通の金融商品」になりつつある。

一方、キャンペーンで急に広がったサービスほど、制度の隙間に置かれがちです。事業者が倒れたらどうなるのか、資産は守られるのか。その答えが曖昧なまま、「利回り」や「ポイント」だけが強調される。人は得をするときほど、リスクを過小評価してしまう生き物なのかもしれません。

だから必要なのは、否定でも過信でもなく、距離感です。生活を支えるお金は守りつつ、失っても笑える範囲で試す。分散して、期待しすぎない。結局それは、投資の話であると同時に、不確実な社会とどう付き合うか、という個人の姿勢の問題なのだと思います。


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